シマとの対話

──沖縄の過去と未来について考えるとき、僕はシマと対話する。シマとは、僕にとって老賢者のような存在──  南島詩人・演出家として活躍する平田大一。県内外を縦横無尽に走り抜け、骨太な活動を続ける日々の中で、思索の森を歩き、刻む、真実の言葉たち。  平田大一がつむぐコトノハと、KUWAこと桑村ヒロシの写真がつむぐ、「新・シマとの対話」。2015年4月15日より新連載スタート!(毎月1日と15日に更新予定)

2015年08月15日

新・シマとの対話~第9話「文学の力」



ある偉大な作家はノーベル文学賞受賞式の際、
世界中の人々に向けてこう訴えた。
「アフリカの飢えた難民に、文学は何を為し得るか?」
そのエピソードを聞いて以来、「南島詩人」を名乗る僕にとっても、
その言葉は「課題」であると同時に「可能性」にもなった。

11年目を向かえた「おきなわ文学賞」の作品募集の季節になった。
僕が理事長を務める財団主催の同文学賞は平成17年に創設、
毎年400件近い作品が県内外から集まる。

募集ジャンルは「小説、シナリオ・戯曲、随筆、詩、琉歌、短歌、俳句」
の7部門8ジャンルに加え、昨年新設の国立劇場おきなわと連携した
「伝統舞台(組踊/沖縄芝居)戯曲部門」や、
今年復活した「漫画・漫画原作部門」の再開で、
今回も賑やかな公募開始となった。
健筆を奮った新たな沖縄文学の地平線をともに臨みたい、そう願う。

実は、僕が理事長に就任した際の「財団の宿題」の一つに
「おきなわ文学賞10周年の節目にこの事業の存続の意義を再構築するべき」
という検討課題が財団内でも挙げられていた。
文学を目指す者達の登竜門とするか、
或いは、最高峰を目指すトップランナー育成の場にするか?
その方向性を再定義しなくてはいけない状況があった。

昨今話題となっている「芥川賞」で文壇は何かと騒がしい。
お笑い芸人初の受賞となった作品「火花」は200万部を越える勢いで、
印税も2億円とか3億円とか…。

実はあまり知られていないことだが、
今、日本で最もノーベル文学賞に近い位置にいるとされている
「村上春樹」氏は二度受賞候補になったにも関わらず
「件(くだん)の賞」を逃し、それ以降は文壇から遠ざかった
と言われている。

都市伝説の様なこの話しに、彼は自らの手記の中でこう語る。
「『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』と言う二作品で
この芥川賞の候補になったわけですが、正直申しまして、僕としては
(できればそのまんますんなり信じていただきたいのですが)、
とってもとらなくてもどちらでもいいと考えていました」。
  (モンキー2014春号「文学賞について」より)

彼らしい飄々とした物言いに嫌みはない。
では、そんな彼でも「文学賞」そのものに否定的かというとそうではない。
手記にはこう続きがある。

「僕だって『群像新人賞』と言う窓口を通過し、そこで入場券を一枚
 受け取って、作家としてのキャリアを開始したわけです。
もしその賞をとらなかったら、僕はおそらく小説家になっていなかった
んじゃないかという気がします。『もういいや』と思って、
その後何も書かないままで終わっていたかもしれない」。
(同上)

このエピソードに出会った時、僕は天啓の如くひらめきを得た気がした。
「おきなわ文学賞」を今後も継承する上で、ある一つの道を
指し示す「道しるべ」を見たのである。

つまり大作家「村上春樹」を生み出したのは、
世間に知られる、決して大きな賞なんかでは無く、
小さいけれど意味ある一つの「新人賞」だったのである。

確かに他人からしたら小さな「賞」でも、
本人にとって意味ある大きな「賞」ならば、
それが励みとなり自信につながり夢の蕾はいつか開花するかもしれない。

いずれはこの「おきなわ文学賞」受賞者の中から
偉大なる大作家、世界的な桂冠詩人が誕生するかもしれない!
そう僕は夢を描くことが出来る。

そしてそれは「文学賞」に限らず様々な分野にも当てはまるのでは無いか!
絵画、写真、書道、彫刻、デザイン、歌、音楽、研究者。
幼い頃の「感動体験」が後の人生を決める。
本当にそう思うのである。

そんなある日、僕の携帯が鳴った。
見慣れない番号に出てみると昔懐かしい
舞台の教え子からの嬉しい報告だった。

「あ、平田さん。タダモトです。昔、八重山のオヤケアカハチ舞台で、お世話になったタダモトです。あの~、憶えてますか?」
「おう!タダモト。勿論!憶えているよ。なに? どうしたの? 急に」
「実は『神のバトン賞』で高校生の部門に入賞したんで報告の電話です」
「え!『神のバトン賞』って、あの『神のバトン賞』な!」

県出身の詩人山之口貘の生誕100周年を記念して設けられた
「神のバトン賞」は今年13回目を数え、
毎年県内の小中高生から詩の応募を募る、
県内屈指の「青少年を対象とした詩の賞」である。

今年も615編の応募があったらしいのだが、
聞けば今年高校生の部で受賞したのが、小学生の時に僕が舞台を指導した
八重山商工高3年の仲山忠扶(なかやまただもと)君なのだった。

「今回、僕が受賞できたのは平田さんのおかげなんです。
平田さんから昔言われたことを思い出しながら書いた詩が選ばれて…、
嬉しくて、お礼が言いたくて、親の知人を通じて連絡先を教えて貰いました」
小学生の頃、余りにやんちゃで、学校では問題児とまで言われていた
あの頃の彼からは想像つかない成長ぶりに心底嬉しくなった。

「今、那覇空港で…今日、表彰式があって…これから石垣島に帰ります」
飛行機に乗る前にどうしてもヒラタさんにお礼が言いたかったと
はにかみながらタダモトは南の島の少年らしく笑った。


前略 南のシマジマ

2015年7月18日付けの「琉球新報」23面に
タダモトのその作品は堂々と掲載されていた。ここにその全文を記す。
題名は「風」。

 人は風を求め旅をする
 様々な風を見るため
 様々な風を感じるため
 様々な風を掴むため
 己の風を探すため

 風は空を飛びまわる
 風を見たい人のため
 風を感じる人のため
 風を掴もうとする人のため
 風を求める人のため

 空は風で満ちあふれ
 人は風を追い求める
 人は風を選ぶが
 風は人を選ばない
 求めるものと
 求められるものが出会うまで
 風は飛び
 人は探す
 (第13回『神のバトン賞』高校生の部入賞 仲山忠扶「風」)

「アフリカの飢えた難民に、文学は何を為し得るか?」
その問いへの答えを僕はまだ探している。
でも僕は決して悲観はしていない。
17歳の「南島詩人」誕生の産声を確かに聞いた気がしたからだ。

今年の「おきなわ文学賞」の作品受付期間は
9月1日から一ヶ月間。
僕と同じく「文学の力」を信じる
未来の文豪のタマゴ達の挑戦を
多いに期待したい夏である。

   (南島詩人/平田大一)

写真・桑村ヒロシ


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毎月1日15日に隔週で連載していきます!
 どうぞお楽しみに!!

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Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at 14:35