2011年01月01日
シマとの対話〜第Ⅱ章その24・新しき息吹〜元朝に義の光を灯す

♪「風光る山 遠きふるさとの
燃えるこの命 永遠(とわ)の道しるべ」
♪「雪深き山 さらばふるさとよ
凍てつく涙 一人道を征く」
♪「雪白き雪 舞い踊れ雪よ
南山が歌う 誓願(ちかい)の旅路」
(舞台「息吹〜南山義民喜四郎伝」主題歌「息吹〜旅路篇」)
日本の南の先端で新しき朝を迎える。
島に吹く風は、日本中を駆け巡る
新しい夜明けを告げる大きな風だ。
そしてその風の種を辿れば、2010年12月5日に帰着する。
思えば、僕は不思議な感動の渦の中にいた。
福島県南会津町の文化ホール「お蔵入り交流館」。
開館以来の人出を記録した「氷川きよしコンサート」
と並ぶ賑わいで盛り上がった舞台は
僕が始めて県外で「脚本、演出、主題歌」を手がけた
記念すべき作品だった。
題名もズバリ「息吹〜南山義民喜四郎伝(みなみやまぎみんきしろうでん)」
名も無き民の義に燃えた命懸けの直訴の物語
最後は首で帰ってくる悲しい悲劇の英雄「喜四郎」の舞台だった。
福島県南会津の舞台づくりの
きっかけになったのが2009年の春。
南会津町の町おこしイベント
「山なみ泊覧会」での基調講演会。
「山が嫌い、雪が嫌い、そんな『沖縄』みたいなこと、うちでは無理さ〜」
そんな感想が聞こえてきそうな講演会場の中
一人!ヤル気になって奮起した男が「しもむら君」であった。
当時の町長を口説く
町の仲間を口説く
会社の社員を口説く
口説くと言っても、ひたすらに僕の講演会のDVDを
みんなで観賞して一言最後に
「沖縄でも出来たんだから、ここでもやれんわけがない。
…だから、やるぞ!南会津でも!まずは、平田さん呼ぶぞ!」
不思議なことは重なる。
琉球放送、沖縄テレビ、琉球朝日放送の主要3局による
僕のドキュメント番組の収録が決まり
5月、8月、12月と1年かけた舞台づくりの様子撮影のため
県外の新たな展開との位置づけで南会津町を度々訪問、
注目度が上がる中、町の人たちも本気の度合いが増してきた。
その間「度胸試しのアトラクション出演」多数敢行。
2009年7月25日 会津高原たていわ夏祭り
8月20日「肝高の阿麻和利」東京公演オープニングアトラクション
12月23日 子ども歌舞伎「喜四郎子別れの段」
&創作オペラ福島公演オープニングアトラクション
2010年4月2日「翔べ!尚巴志」南城市佐敷公演特別出演(沖縄研修)
5月16日ママチャリ7時間耐久レースイン会津高原出演
8月12日「鬼鷲〜琉球王尚巴志伝」東京公演特別参加
まだまだ、書ききれないくらい怒涛の如くの日々だった。
変化は徐々に現れてきた。
これまで気にしていなかった『喜四郎』のことを子どもたちが自ら調べ始める、
『お墓参り』に行きたいと6人の義民全てのお墓を巡る勉強会を始める
挨拶がきちんと出来る、限られた時間の中で積極的に取り組む
自分の想いをきちんと言葉にして伝えるなどなど…。
確実に、そう確実に。
南会津の子ども達の胸に
地元への誇りが芽生え始めていった。
♪夢きらり空に 響く歌声は
南山の息吹 御蔵入りの風
♪風光る山 生きるふるさとの
巡るこの生命 永遠(とわ)の道しるべ
巡るこの生命 永遠の道しるべ
永遠の道しるべ
(舞台「息吹〜南山義民喜四郎伝」主題歌「息吹〜歓喜篇」)
オリジナル衣装が届く。
主題歌を含む挿入曲など楽曲が仕上がってくる
特別出演の「南会津高校 郷土芸能委員会」と
「大川渓流太鼓保存会」が加わってくる。
そして遅筆気味の僕の台本も(奇跡的に!)完成する。
更に奇跡(!)が続く。
大道具歴30年にわたるベテラン美術家の方のご好意で
喜四郎含む6人義民の墓オブジェが本番前日に届く!
福島県外からの客人が大勢駆けつける
そして沖縄からは「あまわり浪漫の会」の長谷川会長夫妻たちまで
来てくれて大賑わいとなったのである。
舞台終了後は感動の渦が幾重にも広がり
雪深い山村に新しい文化の風が吹きぬけた。
さて。
感動覚めやらない出演者の子ども達から
沢山の便りが届いたのが12月も押し迫った年末だった。
手紙のタイトルが「そじょうぶん(訴状文)」や
「直訴状」には大笑いしたが、
再演を望む彼ら一人ひとりの想いには胸が熱くなった。
「学校では学べない多くのことを学びました」
「大嫌いだった自分の町が、大好きになりました」
「進路先を変えて地元の高校に進学してでも、この活動を続けたい」
そこに暮らす子どもの可能性と歴史観は
少しの演出でここまで変わる!
最後まで責任を取って尽力した「しもむら君」は
舞台パンフレットの挨拶文にこう書いている。
「できない理由をあげればきりがない現状。
しかしこれまで一生懸命練習してきた子ども達の姿、
確実に成長していく心、
そして、沖縄の子ども達との交流からいただいた
『一生懸命』というパワー。
彼らの純粋な想いと大きな心は、
私達大人にたくさんのことを教えてくれます。
できないと決めつけるのはいつも大人。
南会津の子ども達にも無限の可能性がある!
子ども達が持っている可能性、
それを思う存分に発揮できる場所をつくりたい!
プロデューサー 下村一裕」
2011年3月26日。
奇跡の舞台の再演が決まった。
子ども達の「直訴」や「訴状文」に
大人たちが応えることに決めたという。
今を必死に表現する小さな雪国の大きな情熱の物語を
新たな地域文化発信の息吹を、是非とも、
感じるチャンスである。
どうか、その目で目撃してほしい。
風はどこで生まれていつから走るのだろう。
島に立ち考えた。
元朝とは「ルネッサンス」。
「新時代の息吹」。
その風の誕生を今確かに、
僕は確認した。
(南島詩人/平田大一)
平田大一のブログ『シマとの対話』が、
書籍版として新たに生まれ変わりました!
南島詩人・平田大一とKUWA(桑村ヒロシ)の写真とが
コラボレーションした、情熱と感動の作品集です!!
書籍版『シマとの対話【琉球メッセージ】』
文:南島詩人・平田大一 / 写真:桑村ヒロシ(KUWA)
出版:ボーダーインク
発売日:7月31日(好評発売中)
価格:¥1500(+税)
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Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at
09:00
2010年11月25日
シマとの対話〜第Ⅱ章その23『北山の風』

今帰仁に吹く風は今日も心地よい。
那覇から遠いこの地に
何度、足を運んだはずだろう。
2010年10月16日。
軌跡の舞台が蘇った。
現代版組踊絵巻「北山の風〜今帰仁城風雲録」
原作「新城紀秀」 構成演出「平田大一」
終戦直後の昭和21年、今帰仁小学校の主席訓導(教頭)
であった新城紀秀氏によって指導され演じられた
「史劇 北山(脚本:新城紀秀)」は出演した当時の学生達の胸に
強い印象を残す取り組みとして刻まれた。
65年の歳月が流れ、
80歳近い教え子達が望んだことは、
90歳を越え未だご健勝であられる「新城紀秀先生」に
恩返しをすること。
つまりそれは、
あの懐かしき思い出の舞台「史劇 北山」を
再演することであった。
集まっては検討会を開くこと十数回、
気がつけば三年余りの歳月だけが
無常に過ぎてゆくばかり。
夢の実現に向けて奔走するも、
その方法も光明さえも見えてこない。
八方塞がりの中、何度も諦めかけた計画は、
お蔵入り寸前の間際に。
そしてこれが最後と出てきた案が
「あの阿麻和利の舞台で活躍されている、平田大一先生に
お願いしよう。きっと、何とかしてくれるはずだ…」
というものであった。
かくして、世代を超えた一大プロジェクトは、
一人の演出家の両腕に託されたのである。
この話しが持ち込まれたことを機に、
僕は短期間で多くの旧今帰仁小学校や
北山高校卒業の関係者と会い
今後の方向性を思考、あらゆる繋がりを総動員してきた。
そしてなんと、今帰仁村役場の協力も得られ
今回の事業が実現することにあいなったのである。
詰め掛けた1000人余りの群集の中
舞台の幕が開いた。
背後にそびえる今帰仁城の堂々とした風格に
負けじと演じる北部の子ども達。
当時の生徒達の前で演じる今の子ども達の演技に
惜しみない激励と感謝の拍手が鳴り響く。
終演後、招待席におられた
新城紀秀先生にマイクを振った。
島の言葉で朗々と当時の漢詩を謳いあげ、
場内拍手喝采であった。
こうして、奇跡の舞台上演は感動的のうちに幕となった。
さて。
本当の奇跡はその後にあった。
那覇市内の病院に、教育入院中の母から電話が入る。
聞けば、たまたま待合室で同席したおじいちゃんが
僕の事をしっていると言うのである。
名前を聞いて驚いた「新城紀秀先生」その人であった。
後で聞いた話では以前から気になっていた
腹部のポリープを摘出するためであったとか…。
「北山の風」上演後
まだまだ長生きしなくては〜と思ったのか
先延ばしにしていた手術を行っていたのである。
そのための入院、検査する際に
たまたま同席したのが八重山からこれもまた
偶然那覇の大きい病院を…と希望して入院していた
小浜島の我が家の母だったのである。
見舞いに行ったら母から
紀秀先生からの手紙を見させていただいた。
「神仏のおみちびきによって
平田大一先生の母上様とほんとに
わずかの期間でありましたが親しく
話し合いが出来ましたこと誇りに思い
この上ないよろこびに存じます。
その上『キムタカ』の貴重な本まで
貸して下され 楽しく 夏目漱石先生の
坊ちゃんを読むような気分でたのしい一週間を
過ごすことが出来ました。
平田大一先生は『北山の風』によって
今帰仁の老幼男女に勇気と覇気を与える
ものと信じます。
信子母上様も早く退院され、桜の花の
満開する頃 北山までおいで下され。
大一さんの大活躍に大きな声援をねがいます。
新城紀秀
平田信子様」

一瞬の出会い、邂逅の奇跡。
人の縁の不思議を感じてしょうがない。
出会いの妙に感謝する日々なのだ。
新城紀秀先生、92歳。
まだまだご長寿であられて
この沖縄の行く末を考える上で
色々教わりたい僕なのである。
(南島詩人/平田大一)
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2010年10月23日
シマとの対話〜第Ⅱ章その22『多様性という名の彩り』

最近よく聞く
「多様性」という言葉を
どう解釈していいものか…
とにかく色んな場面で目にしたり
話しを聞くにつけ考える。
ある本にはこう書かれていた。
「地球上には、未知のものも含めると
3000万種もの生物が暮らしているといわれる。
また、その地域固有の歴史に育まれた生物が
それぞれに相応しい環境に生き続けていることが
人間の生きる世界をも支えている。」
<スカイワード10月号「自然と共に生きる場所へ」より>
ある人は観光振興基本計画策定を考える会議で言った。
「沖縄観光の今後を考える上で大切な要素は
『多様性の中の個々のポジショニング』というか
『調和の取れた多様性』というものをどう描いていくかが重要だ。」
つまり…
自然や、地域や、取り組みなど
各々が其々で光り輝き
それでいて実に調和が取れている
「環境」「場」「雰囲気」というものが
豊かで彩りのある世界を作り出していくというのである。
僕は…ふと思い出す。
戦後、読谷村の女達が復活させた伝説の織り
「読谷山花織(ゆんたんざはなうい)」の
精巧かつ複雑なる不思議な紋様の美しさ!
あれこそ「多様性」の象徴…
自然のリズムを幾何学的に造形美として表した
沖縄人の精神性の高さそのものではなかったか!
世界がこれほどまでに「多様性」を謳う前から
古き沖縄の民は自然が生み出す
彩りに溢れた世界観を見つめていたのではあるまいか。
10月11日。
座喜味城跡で開催された世界遺産登録10周年の記念舞台
「現代版組踊絵巻宴~読谷山花織の宴・ダイナミック琉球!」
読谷にまつわる五人の偉人達の物語を夢想しつつ
その複雑な人間関係、歴史的相関図を描く試みの中で
そこのシマ宇宙の曼荼羅を見た気がした。
「海を渡った勇気ある漢(おとこ)いちへき!『泰期』。
薄幸の女流歌人~吉屋ちるー』
忠義に生きた読谷の虎『護佐丸』
読谷の森に眠る琉球三山統一の王『尚巴志』
そして読谷が生んだ吟遊の詩人『アカインコ』
一つの時代を激しく生き抜いた五つの魂は
見事なまでに時代を彩りまるでそれは
そのままこの読谷の花織りの如く…
複雑であればあるほど
見事に美しいのであります。
『現代版組踊絵巻 読谷山花織の宴』
一夜限りの幻の島宇宙…今宵の宴はこれにて
お開きということにさせて戴きましょう。
<現代版組踊絵巻宴「読谷山花織の宴~ダイナミック琉球」より>
現代人よ。
若きシマ人たちよ。
古き感性は時と共に輝きを増す。
僕らもそういう感性の芸術を織り成していかねば
ならないのでは無いだろうか…。
(南島詩人/平田大一)
平田大一のブログ『シマとの対話』が、
書籍版として新たに生まれ変わりました!
南島詩人・平田大一とKUWA(桑村ヒロシ)の写真とが
コラボレーションした、情熱と感動の作品集です!!
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文:南島詩人・平田大一 / 写真:桑村ヒロシ(KUWA)
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2010年09月20日
シマとの対話〜第Ⅱ章その21『偕楽(かいらく)』

「他島(たしま)に行くのは、後世(ぐそー)に行くより難さーる」
というのは亡くなった祖母の言葉だった。
曰く「隣の島は、あの世より遠い」ということである。
近くて遠い島「多良間島」に渡ったのは
「八月踊り」という400年近い伝統を誇る祭りを観るためだ。
宮古島と石垣島の中間の海に浮かぶ「多良間島」。
人口約1500人、島の周囲約26キロの小さな島で
行われる祭り「八月踊り」は年に一度の島の人たちの楽しみだ。
「とにかく、一度は観ておいたほうがいい!」
と友人、知人から誘われていたのであるが
タイミングが合わなかったのか
自分アンテナにキャッチできなかったのか
41年間…ことごとくその機会を失っていた。
旧暦の8月8日から3日間にわたり
「字仲筋」「字塩川」の二つの村で行われるこの祭り
獅子舞い、棒術、若衆舞踊、二才舞踊、狂言に加えて
3時間に及ぶ超大作組踊「忠孝婦人」をふくめた4作品。
全編通した演目披露が一日約9時間から11時間掛けて
絶え間なく演じられ続けていくのである。
勝手のわからない初日。
「字仲筋」の演目を観ながらの自問自答…
「いつ終わるのだ~」
「なぜ、大騒ぎする子ども達を誰も注意しないのだ~」
「誰も舞台に集中しないで酒を酌み交わしているのは何故だ~」
「こんなに騒々しい中で延々と演じ続ける演者たちの気持ちはどうなんだ~」
腰が痛い
お尻が痛い
足がつる~
睡魔との闘い~
風がなくて暑い~
窮屈で熱中症ギリギリの状態での
苛酷ともいえる11時間。
演じるほうも観るほうも
長距離マラソン…否!
鉄人レーストライアスロンの如く体力で
これを乗り越えていく…
汗びっしょりの中、
いつしか僕もその仲間の一人になり
最後の獅子舞いの獅子の間抜けな演技に大笑い
総引きと呼ばれるカーテンコールで踊る
全出演者の笑顔に熱くこみ上げる思いがあった。
何故か涙が溢れてくる。
トランペットスピーカーから流れる
トーガニーアヤグに見送られながらの島の道
とぼとぼ…帰りながら色々考えた。
気がついたら観客全員で舞台の最後を喜び合い
幼い子ども達は思いおもいにシャッターを押して
汗びっしょりの身体に吹く島の夜風が心地いい
帰り道…
出演者として踊ったであろう学校の先生と生徒だろうか
じゃれ合いながら踊りの手ほどきを生徒から教わっている
島の長老達は孫の頑張りに目を細め
狂言でフリムン(道化師)役を演じた親の子は
誇らしげに親の真似をしては周囲の観客を沸かしている。
腰の痛みをさすりながら泥のようにベッドに横になった。
翌日「字塩川」の拝所での二日目の祭り
隣に座った教育長の豊見山氏が上機嫌な顔で僕にこう言った。
「あはは~、お尻痛いでしょ!腰も!足も!
でもね、平田さん、見てごらん~この会場。
舞台がメインじゃないんですよー、この祭りは~
この雰囲気!この雰囲気!
これが、最高のこの祭りの『肝』なんだよー!」
大人も
子どもも
学校の先生も
生徒も
おじいちゃんも
おばあちゃんも
旅人も
島人も
赤ちゃんも
お母さんも
舞台を真ん中にぐるりとそのままある世界。
会場に掲げられた看板に書いてある
「偕楽」の2文字。
「皆で作り上げ、皆で楽しむ」その言葉の通り島宇宙は永遠だ。
思いがけず声を掛けられ最後の総引きでの飛び入り出演!
拍手と指笛の中また来年もこのトライアスロンな祭りに
帰って来ようと決めている自分がいる。
お尻に優しい敷物と
ビールを持って。
(南島詩人/平田大一)
■10/2 「シマとの対話」イベントをガンガラーの谷で開催!
前回も大好評だった『写真+朗読セッションin洞窟カフェ』が
再び!南城市ガンガラーの谷『ケイブカフェ』で開催されます。
現在連載中の『シマとの対話』の世界観を、
著者である平田大一(南島詩人)、桑村ヒロシ(写真)が自ら表現!
読書の秋に、天然洞窟のガンガラーの谷が舞台となって、
トークライブ+フォトムービー+朗読セッションという形式でお贈りします。
ぜひ、遊びにいらしてください!
・日時:2010年10月2日(土)18時半開場 19時開演
・会場:ガンガラーの谷 ケイブカフェ
(南城市玉城前川202番地/おきなわワールド隣)
・ガンガラーの谷HP(地図あり):
http://www.gangala.com/
・出演:平田大一、桑村ヒロシ
・入場:1000円(小学生以下無料)
・予約:098-948-4192(ガンガラーの谷)
・主催:ryuQ
(てぃーだブログ公式Webマガジン)
(ケイブカフェで同時開催中の写真展『シマとの対話2010』は、10月2日まで無料開催中です!)
Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at
10:40
2010年08月24日
シマとの対話~第Ⅱ章その20『時代の架け橋 次代の息吹』

「組踊」がユネスコの無形文化遺産登録されることを記念した
国立劇場おきなわでのシンポジウムでの席のこと。
沖縄国際大学日本文化学科のK教授なる人物から
「『現代版組踊』の人気が出ることで、
古典的な組踊へのダメージになっていないか」
とのシンポジウムでの発言があったという。
(『沖縄タイムス』8月17日、12ページ芸能欄「観光資源の組踊模索」)
その意見は実に興味深い内容だと思う。
僕が目指すのはむしろその逆である。
「伝統までの入り口」へ案内することが
「現代版組踊」の果たせるものであり
古典の組踊こそ「揺るぎないモノ」であって
むしろ「現代的生命力」を組み込むくらいの勢いで
相乗効果を積極的に計らねばならないと思うのだ。
もっと言えば、踊奉行(おどりぶぎょう)
「玉城朝薫(たまぐすく ちょうくん)」の
現代版が生まれてきていない
今の伝統芸能の世界に問題があるのではないか。
沖縄県立芸術大学で多くの「技能者」を生み出せても
企画・制作を担う優秀な「プロデューサー」がいなくては
折角の文化的財産も宝の持ち腐れにしかならないのだ。
つまり、伝統をよく知った者が
新しい古典の様式や、ネオ琉球文化スタイルの創作に着手しない限り
古きよき伝統も生きてこないのではないか…と思うのである。
「玉城朝薫」に思いを寄せると
聞こえてくるのは「次代の息吹」である。
精神的支柱である「琉球文化」の確固たる自信、
そうであるがために他国の大和文化をも呑み込む勢いで
新たな文化の創出に心血を注いで生まれた「組踊」は
ゆえに今も生命力豊かに生きているのである。
勿論、その道のりは平坦でなかったにしても
「今も演じ続けられている」この事実に嘘はない。
さて、今回のシンポジウムでの内容は
観光文化資源として今後この「伝統組踊」を
どう活かしていけるのか?が争点であったと聞く。
結論から言えば…
古典の様式美を重んじる「伝統組踊」を
観光の文化資源として位置づけるには
かなりの覚悟がいると思われる。
出来ないことはないが、ただし、覚悟が必要なのである。
観光客というのは「水」のようなものである、
自分達の都合で色も変わるし、好みも変わる。
その「水」の流れの筋目を読み、
しなやかに逞しく更に上を行く感性でなくてはいけない。
「自らの文化への誇り」と「揺るぎ無い自信」
この感覚と覚悟と自覚を持ってこそ
観光としての文化資源は活かされるのである。
話しは変わる。
「鬼鷲~琉球王尚巴志伝」で登場した
アカインコが物語の最後に
言うセリフに僕は一つの思いを込めた。
長い年月をかけ多くの犠牲をはらって実現した
三山統一の王「尚巴志の墓」の前で高々と三線を持ち上げ
かのアカインコが言う。
「尚巴志様にお誓い申す。
これからは…これ(三線)が、この歌う心が…
わしら、この島に生きる者達の…『命』だ。」
そして立ち上がり弟子のオモロに言う。
「さあ、オモロよ、出発の支度だ。この幻の楽器『三線』を
琉球の民に広めに行くぞ!」
(現代版組踊絵巻「鬼鷲~琉球王尚巴志伝」)
「戦いの力」ではなく「文化の力」で琉球をまとめ上げていく。
現在、沖縄中に鳴り響く三線の響きを聞きながら
あらためて全てを結びつける「文化の力」に
「時代の架け橋」を見た気がした。
「時代の架け橋、次代の息吹」とは「伝統と未来」。
どちらも大切なのである。
自信に満ち溢れた「文化」に人は集う!
僕が思う「文化」の可能性は無限に広がる。
(南島詩人/平田大一)
■10/2 「シマとの対話」イベントをガンガラーの谷で開催!
前回も大好評だった『写真+朗読セッションin洞窟カフェ』が
再び!南城市ガンガラーの谷『ケイブカフェ』で開催されます。
現在連載中の『シマとの対話』の世界観を、
著者である平田大一(南島詩人)、桑村ヒロシ(写真)が自ら表現!
読書の秋に、天然洞窟のガンガラーの谷が舞台となって、
トークライブ+フォトムービー+朗読セッションという形式でお贈りします。
ぜひ、遊びにいらしてください!
・日時:2010年10月2日(土)18時半開場 19時開演
・会場:ガンガラーの谷 ケイブカフェ
(南城市玉城前川202番地/おきなわワールド隣)
・ガンガラーの谷HP(地図あり):
http://www.gangala.com/
・出演:平田大一、桑村ヒロシ
・入場:1000円(小学生以下無料)
・予約:098-948-4192(ガンガラーの谷)
・主催:ryuQ
(てぃーだブログ公式Webマガジン)
(ケイブカフェで同時開催中の写真展『シマとの対話2010』は、10月2日まで無料開催中です!)
Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at
11:00





