シマとの対話

──沖縄の過去と未来について考えるとき、僕はシマと対話する。シマとは、僕にとって老賢者のような存在──  南島詩人・演出家として活躍する平田大一。県内外を縦横無尽に走り抜け、骨太な活動を続ける日々の中で、思索の森を歩き、刻む、真実の言葉たち。  平田大一がつむぐコトノハと、KUWAこと桑村ヒロシの写真がつむぐ、「新・シマとの対話」。2015年4月15日より新連載スタート!(毎月1日と15日に更新予定)

2008年09月17日

第46話『風の行方』(南島詩人・平田大一)

第46話『風の行方』(南島詩人・平田大一)
風は風を結び熱を孕み
シマに迫る。

このシマの人は
予測できない風の行方に
どう立ち向かって来たのだろう。

風の道を
仰ぎ見ながら
僕は
このシマの風のことを
考えた。


「火風(ぴーかんじ)」
雨をともなわない、カラ台風のこと。
潮を含んだ風が木々を襲い
台風一過の日差しに焼かれ
赤く枯れてゆき、
まるで「火」に焼かれたかのようになるから
そう呼ばれた。


「返し風(け〜しかじ)」
台風の目が通過した後の返し風のこと。
気を緩めた時に襲い掛かる
最も怖い風。


「風廻り(かんじま〜り)」
文字通り風がクルクルまわる。
予測できなくまわる風。


「新北風(み〜にし)」
沖縄の冬を告げる北風。
砂糖キビの間を抜ける風の音も
人気がなくなった砂浜
海に吹く潮風も淋しさを増す。


「夏至唐風(か〜ちばい)」
夏の風。
うまく説明できない。


八重山出身の郷土詩人
「伊波南哲」は台風を好み
荒れ狂う危険な海に
よく出かけたという。

「台風のごとき情熱で
モノゴト全てにあたらねばならぬ」

そう言っては雨風がびゅうびゅう吹く
護岸に立ち
東京から来た客人を連れ出しては
怖がらせたという。

でも、そんな「南哲」の詩は
とても優しかった。
自然の力を信じ
自然の力を畏怖するからこそ
自然に立ち向かえるのである。

迷走台風13号の
迷走ぶりを見ながら
なんとなく
風の名前をたくさん持つ
このシマの根っこを考えた。


南島詩人/平田大一




Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at 00:00
この記事へのコメント
素適な写真に訪問させていただきました
沖縄にはいろいろな風の呼び方があるのですね
なぜか風にも命があるような そんな沖縄の心が
感じられ 本土人の私には新鮮です
Posted by フラワーさん at 2008年09月17日 06:18