シマとの対話

──沖縄の過去と未来について考えるとき、僕はシマと対話する。シマとは、僕にとって老賢者のような存在──  南島詩人・演出家として活躍する平田大一。県内外を縦横無尽に走り抜け、骨太な活動を続ける日々の中で、思索の森を歩き、刻む、真実の言葉たち。  平田大一がつむぐコトノハと、KUWAこと桑村ヒロシの写真がつむぐ、「新・シマとの対話」。2015年4月15日より新連載スタート!(毎月1日と15日に更新予定)

2008年08月20日

第42話『蝶のはなし』(南島詩人・平田大一)

第42話『蝶のはなし』(南島詩人・平田大一)
記憶はハッキリしていない。

海を渡る蝶の詩を読んだのが先か
おばーから聞いた「海を渡る蝶」の話しが先か

でも僕には、ハッキリと思い描かれていた
掌の大きさもある白き蝶「オオゴマダラ」が
黒い海の上を悠々と渡っていく様が
ありありと僕の脳裏に映し出されていた。


    てふてふがいっぴき
    韃靼海峡を
    渡っていった。
       (安西冬衛「春」)


大学生の頃
シマを遠く想いながら生きていた僕は
都会にいる自分が
分からなくなっていた。

シマで生まれた僕が
都会で学び、都会で働き、都会で死んでいくのなら
何故!僕はシマで生まれたのか?
シマに生まれた僕の存在の意味を問い続けていた。

自問自答の日々。
ある日。
人でごった返す新宿駅の雑踏の
「人の波」の上を
ひらひらと飛んでいく白き蝶を見た。

その瞬間!
その刹那!
おばーの話を思い出したのだ。

「このシマに住む蝶は秋になると海を渡り
 ニライカナイと呼ばれる幻のシマに飛んで行き
 春になるとまたこのシマに帰ってくるわけさ。
 ボロボロになった羽の上に沢山の幸いを乗せてね。
 おまえも、海渡るあの蝶のように生きれたらいいね〜。」

シマに生まれた僕がシマに帰ることに
理由はいらない!
僕の血がそうしたいからなんだ。


記憶はハッキリしていない。
海を渡る蝶の詩を読んだのが先か
おばーから聞いた「海を渡る蝶」の話しが先か

でも、海を渡る「蝶」を自覚した僕は
実はこのときに孵化したのかもしれない。
旅は外に向かう「力」ではなくて
だから帰路は「新たな始まり」のウタなんだ。

自問自答のあの都会の日々が
僕の「使命の自覚」への試練だった。

大きな翼を得た僕は
大海原に飛び出した!



  魂ぬ詩や 海を渡てぃ (ぬちぬうたや うみをわたてぃ)
  魂ぬ蝶  風に舞ゆ  (ぬちぬはぴる かぜにまゆ)

  波の華に 身を散らし  (なみぬぱなに みをちらし)
  魂の蝶  風任かし   (ぬちぬはぴる かじまかし)

  渡海ぬ仇 北風やりば  (とけぬかたき にしかじやりば)
  渡る刹那 涙ぬならぬ  (わたるどぅきゃんま なだぬならぬ)

  月ぬ光り 天ぬ群星   (つきぬあかり てぃんぬむりぶし)
  我した蝶 翔り美らさ  (わしたはぴる ぱりちゅらさ)

                (南島詩人「幻蝶(はぴる)」)

    
そして僕はまだ
海の上を飛び続けている。

                   南島詩人 平田大一




Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at 00:00
この記事へのコメント
今年の夏に13年ぶりに沖縄へ旅して、
大一さんと小浜島の事を思い出しました。

昔、大変失礼な手紙を書いてしまった者です。

昔もそうだったのですが、
ふと、人生に止まってしまった時に大一さんに出会うみたいです。
そして、大一さんの詩に気づかされるのです。

今もそうです。
偶然なのか、そういう運命なのか、
とにかく今、励まされました。
ありがとうございました。
Posted by kaori at 2008年08月20日 11:27