シマとの対話

──沖縄の過去と未来について考えるとき、僕はシマと対話する。シマとは、僕にとって老賢者のような存在 ── 南島詩人・演出家として活躍する平田大一。県内外を縦横無尽に走り抜け、骨太な活動を続ける日々の中で、思索の森を歩き、刻む、真実の言葉たち。(毎週水曜日更新)

2007年12月12日

第6話『大榕樹』(南島詩人・平田大一)

第6話『大榕樹』(南島詩人・平田大一)
隆々とした、うねりにも似た太い根っこのその前で
僕はただ立ちつくし、耳をすます。
心に響く、島の声に耳をすます。

  月の満ち欠け、潮の干満、気圧の高低。
  喜びも悲しみも聲にのせて詠い語り続けてきた島人よ。
  島の聲が聞こえなくなってしまったらもうお終いさ。

  海にある潮の道。
  見りみらーぬカンプトゥキ(眼に見えない神仏)
  見りみらーぬニッパルヌウタ(眼に見えない根っこの詩)
  ひッひッひッ。あがや〜。

大榕樹(がじまる)は、命の塊だ。
島に、岩に、土にガッチリとその根を張り
まるで誰の助けも借りずにこの島に仁王立つ
偉大なる父の木だ。

  島人よ。
  何故他人を真似る。
  どうして誰かのコトバで語る。
  お前にとって島人であるということが、
  誰の足も踏まずにそこに辿り着けるものであると
  いうことを知らねばならん。

  島人よ。
 「ニライカナイ」とは「ニロースク」。
  それは「根の底の国」という意味だ。
  海の向こうにあると夢見た楽園が、
  本当はこの根の底のもっと奥深いところにこそあると
  いうことを知らねばならん。


島のコトバで「がんつぷるにー」と呼ばれる
その大木の名の由来は
「岩(がん)の頭(ちぷる)に根(にー)を張る木」
ということらしいと島の長老が教えてくれた。

  「前略 南のシマジマ

     島に生まれたことを
     「鎖」と思うか「根っこ」と思うか。
      その一念の違いが、全ての始まり。


        南島詩人 平田大一


Posted by 平田大一(Hirata Daiichi) at 00:00│Comments(2)TrackBack(0)

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この記事へのコメント
こんにちは。

とてもこころに響く詩ですね。

>島人よ。
  何故他人を真似る。
  どうして誰かのコトバで語る。
  お前にとって島人であるということが、
  誰の足も踏まずにそこに辿り着けるものであると
  いうことを知らねばならん。

  島人よ。
 「ニライカナイ」とは「ニロースク」。
  それは「根の底の国」という意味だ。
  海の向こうにあると夢見た楽園が、
  本当はこの根の底のもっと奥深いところにこそあると
  いうことを知らねばならん。

とても意味深く、自分の事として感じさせられました。

毎週楽しみに読ませてもらっています。
これからも楽しみにしてますね。^^
Posted by 菜花 at 2007年12月12日 19:00
そうだな。
 私は、島に産まれ、島で今 生きていることを誇りに思っている。 絶対に「ねっこ」だな。
 だけど、そう思えたのは 君の言葉の数々のおかげかもしれない。
 毎週 楽しみにしているよ。 
Posted by お局様 at 2007年12月13日 01:03
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